鶏のあばら骨

sed scientia est potentia

統計分析初学者のための文献リスト

昨今ビッグデータへの注目によっていわゆる教養としての統計学に関心を寄せる方が増えたと聞く。また、現状としてデータ・サイエンティストと呼ばれる人の多くは情報学系のバックボーンを持ち、分析に際しては記述統計を主に扱って事象の予測を行うようだ。

しかし、ビッグデータが手に入る立場にいる人はそう多くはない。また、因果関係が見えない予測に納得できる人も多くはないだろう。そのため、手元にある「スモール」なデータから、目に見えない因果関係を把握しようとする伝統的な推測統計を学ぶことは決して無駄ではないと考えられる。

そこで本記事では統計分析の初学者向けの文献をリストアップする。実はここ数年文系の大学生を対象に統計分析の講義と実習を行う機会を頂いていたので、個人的な備忘録も兼ねている。ただし、以下にあげる文献の多くは社会心理学社会学を背景としたミクロデータの分析を想定したものが多いことには注意されたい。

入門書:まずはここから

統計学がわかる (ファーストブック)

統計学がわかる (ファーストブック)

「ハンバーガーショップ」という副題のせいでイロモノみたいな印象を受けるが間違いなく良書である。類書の中でも抜群にわかりやすい。著者のHPでもほぼ同じ内容を扱っているので、まずはそちらから入門してみると良い。

マンガでわかる統計学

マンガでわかる統計学

マンガでわかる統計学 回帰分析編

マンガでわかる統計学 回帰分析編

通称「萌え萌え統計」(といっても10年前の「萌え」だが)。「そこを初学者に数式で説明するか?」という箇所がなくはないのだが、全体として興味を持つとっかかりとしては悪くない。本書のシリーズでは他に因子分析編もあるがそちらは未読。

よくわかる心理統計 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

よくわかる心理統計 (やわらかアカデミズム・わかるシリーズ)

前掲書2冊よりもややアカデミックだが、統計を教養として学ぶにとどめるなら本書で十分だろう。難しい数式をほとんど用いていないのだが、随所に著者らの工夫が垣間見え、非常に丁寧に解説が行われている。特に初学者にとって最初の躓きになりやすい統計的検定の考え方を、「囲碁部に所属するしんすけ君とけんたろう君の実力差を推し量る」ケースを用いて説明したセクション(pp.108-109)は秀逸である。ちなみに本書と同じ「やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ」には良書が多い。

基本書:確かな理解のために

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ)

心理統計学の基礎―統合的理解のために (有斐閣アルマ)

本格的すぎていったいこれのどこが「基礎」なんだと文句のひとつも言いたくなるが、本書の解説に間違いはないので安心できる。どうやら「入門書」と「基本書」は必ずしも一致しないようだ。回帰分析のベクトル表現(pp.198-199)と重回帰分析のベクトル表現(pp.241-243)の説明は、当該分析の理解を深めるのにうってつけである。

読む統計学 使う統計学[第2版]

読む統計学 使う統計学[第2版]

各種分析の事例が身近なものなので助かる。

調査データ分析の基礎―JGSSデータとオンライン集計の活用

調査データ分析の基礎―JGSSデータとオンライン集計の活用

網羅的な一冊。初学者は本書に収録されている各種分析を押さえておけば問題ないだろう。本書では統計ソフトのSPSSを用いて説明を行っているが、概念的な説明がしっかりしているので他の統計ソフトのユーザーでも参考になる。

統計学入門 (基礎統計学)

統計学入門 (基礎統計学)

入門書にしてはやや格調高い感じがする。しかし本書と共に実際に手を動かして数式を解いてみるとスイスイ理解できる。独学者の友。

特定の分析に特化したもの

誰も教えてくれなかった因子分析―数式が絶対に出てこない因子分析入門

誰も教えてくれなかった因子分析―数式が絶対に出てこない因子分析入門

因子分析といったらこの1冊だろう。「俺の説明が理解できなかったなら、とりあえずこれ読んどけ」で済む。

原因をさぐる統計学―共分散構造分析入門 (ブルーバックス)

原因をさぐる統計学―共分散構造分析入門 (ブルーバックス)

共分散構造分析とは、ざっくり言うと、因子分析と回帰分析を組み合わせることで複数の概念間の因果を推定する方法である。説明はいかにも「統計本」っぽいのでまったくの初学者向きというわけではないが、数式が最小限に抑えられている一方で図表が豊富に掲載されているので理解しやすい。

応用書:Stataの解説書

統計分析を身に付けるには統計ソフトを用いて実際に分析してみるのが一番である。概念をいくら説明されても自らの手をガチャガチャ動かして分析する実感を得なければ定着しない。自動車の運転と同じように、多くのユーザーにとって統計分析なんてのはしょせん「習うより慣れろ」である。

以下では私がよく使うStataという統計ソフトを使用した解説書を紹介する。ちなみに統計ソフトとしてはSASSPSS、Rが有名である。最近ではExcelで動くHADが業界内が注目されていたりする。このうち2015年1月現在、無料で利用できるのはSAS(University Edition)、R、HADであるが、これらの解説書の紹介はまた別の機会としたい。

A Gentle Introduction to Stata, Fourth Edition

A Gentle Introduction to Stata, Fourth Edition

良い本だとつくづく思う。簡にして要を得た解説は、統計分析を学び始めたばかりの者をしてひるませることがない。これから新しい入門用の本が出版されるよりも、本書の和訳本が出るだけで多くのStataユーザーが救われるのではないか。

Stataによる計量政治学

Stataによる計量政治学

本格的な解説書といえる。各種分析の概念的な説明にも余念がない。また、第2章「研究テーマの選び方」および第3章「理論と仮説」は実証研究を行う人間なら必読である。

Stataによる社会調査データの分析―入門から応用まで

Stataによる社会調査データの分析―入門から応用まで

改訂 Stataによる社会調査データの分析: 入門から応用まで

改訂 Stataによる社会調査データの分析: 入門から応用まで

本書は大変お世話になった(し、今でもお世話になっている)。Stataでコマンドを組むのに最も参考になった。概念的な説明はやや物足りない感が否めないが、それは本書の想定読者の水準ではないので仕方がないだろう。新版になってマルチレベル分析や分位点回帰分析の解説が追加された。Stataユーザーなら常に手元に置いておきたい。

もし誰かに統計分析を教えることになったら

Q&Aで知る統計データ解析―DOs and DON’Ts (心理学セミナーテキストライブラリ)

Q&Aで知る統計データ解析―DOs and DON’Ts (心理学セミナーテキストライブラリ)

「因子分析に必要な標本数は?」といった種々の実践的な疑問に、Q&A方式で回答している。特に統計分析を誰かに教えることになった人におすすめしたい。生徒からの質問にその場で回答できず困ったら、まずはこれを参照すると良い。

本当はこわいニーベルンゲンの歌?

ヨーロッパ文化は古代ヘレニズムやキリスト教の影響を強く受けているとされる。しかし、それらに加えてゲルマン文化の影響を見逃すことはできない。ゲルマン文化の影響は例えば英語圏の曜日の名称に認めることができる。というのも、曜日名のいくつかはゲルマン神話の一種である北欧神話の神々の名に由来するのである。

曜日 ゲルマンの神々
火曜日(チューズデイ, Tuesday, Tiw's day) 軍神テュール Tyr
水曜日(ウェンズデイ, Wednesday, Woden's day) 主神オーディン Odin
木曜日(サーズデイ, Thursday, Thunder's day) 雷神トール Thor
金曜日(フライデイ, Friday, Frigg's day) 女神フリッグ Frigg

ニーベルンゲンの歌』はそうしたゲルマン文化の雰囲気を掴む助けになるだろう。『ニーベルンゲンの歌』は13世紀初頭に成立したとされるゲルマンの英雄叙事詩である。教科書的な説明では、『ニーベルンゲンの歌』は名誉や信仰、そして女性への敬いを重んじる騎士道精神が表現されているとされる。

しかし、実際の『ニーベルンゲンの歌』の物語は苛烈である。後編、本作のヒロインであるクリームヒルトは亡き夫ジークフリートのために執拗な復讐劇を繰り広げる。彼女はジークフリートと死別した後にフン族の王*1と再婚するが、それは夫の復讐のためであった。十数年後、彼女は仇敵の一族を招待した盛大な宴を催すが、そこで国家を巻き込んだ大量殺戮を繰り広げ復讐を成就させた。しかし彼女もまた最後には討ち取られることになる。このように『ニーベルンゲンの歌』はとにかく血なまぐさいのである。

クリームヒルトの復讐をめぐる凄惨なストーリーには、いわゆるキリスト教的慈愛の要素はほとんど見当たらない。「異教的」という指摘もあるほどである。ゲルマン系の民族が主導するヨーロッパにキリスト教が共通文化として根付いたのはフランク王国カロリング朝カール大帝の治世(8~9世紀)とされるが、『ニーベルンゲンの歌』はゲルマン人の闘争的な気風がキリスト教化によっても失われなかったことを示している。

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

*1:エッツェルという名前だが、東欧・中欧を支配し中世キリスト教圏から「神の災い」とまで恐れられたアッティラその人である。『ニーベルンゲンの歌』では寛大で聡明な王として描かれているのが興味深い。

グループで読書をする「輪読」のメリット

最近、近所の図書館や大学でビブリオバトルが行われているらしい。ビブリオバトルはいわゆる読書会の一種で、メンバーがそれぞれ持参した本について発表・紹介するものだ。しかし、読書会の形式の中では比較的近年になって登場したものと言える。むしろ大学や研究会で行われる読書会は、多くのばあい輪読の形式を採用する。輪読とは、1冊の本の内容をメンバーで分担しながら要約や論点を発表し合い、議論しながら読み進める形式である。

私が経験した読書会もほとんどが輪読であった。学生時代にはゼミで輪読を行うことが多かった。グループワークでの研究や4年次の卒論では必ずしもその限りではなかったが、それ以外の時間では必ず課題図書の輪読を行っていた。1~2年生が自由に参加できる入門的なゼミにおいても、どこのゼミも必ずと言っていいほど輪読を行っていたと記憶している。また、私は自主ゼミと称して有志で集まって輪読を行うこともあった。時には学外の場で社会人と一緒に輪読形式の読書会を開催・運営することもあった。

しかし輪読は大学であまりにも当たり前に行われるので、在学中はそのありがたさはあまり意識されることがない。学生の中には「やらされている感」しか抱かず、その場しのぎで参加する人がいることもしばしばである(し、私もそういう時期があった)。しかし大学を卒業し輪読に容易に参加することができなくなって初めて、それが貴重な場であったことを思い知ることが多々あるようだ。

輪読にはどのようなメリットがあるのだろうか。大学生には恵まれた時間と環境を有意義に使ってもらうために、知的好奇心のあるビジネスパーソンには新たな学習の場を設けるモチベーションを持ってもらうために、輪読形式の読書会がもたらす効用を整理したい。結論から述べると、私が考える輪読のメリットは3つある。すなわちそれは、①読書の効率化・習慣化、②理解力の向上、③つながりの強化・発展である。

読書の効率化・習慣化

輪読は一人では到底読み切れないような内容や分量の本でも、メンバーの助けを借りて読むことができる。自分の担当以外の範囲は各メンバーが要約や論点を書いたレジュメを用意してくれるからだ。例えば200ページある本では4人集まれば、一人が重点的に読むのは50ページで済むことになる。かなり効率的だ。

また、グループで本を読むことは自分だけ読書をやめてしまうことを防ぐことにも役立つ。一度集団で何かを始めると自分だけ挫折するのはかなり気まずいものだ。そうした同調圧力めいたものも自分の読書習慣に取り入れることができる。分量にさえ気を付ければ同調圧力という毒だって読書を続ける動機づけを維持する薬になるのだ。

理解力の向上

自分が発表を担当する番になると、レジュメを他のメンバーに読まれると意識することでその分真剣に課題図書を読み込むことになるだろう。そして発表者は当日、他のメンバーに説明して質問に答える「先生」のような立場になる。古代ローマの思想家セネカ「人は教えるときに学ぶ(Homines dum docent discunt)」と述べたように、自分なりの整理で何かを説明することは本人の理解力を大いに助けるだろう。全員が教える立場になるルールを持つ輪読ならではメリットだろう。

また、発表の後に行われる他のメンバーの議論では、自分には思いつかなかった意見や論点を知ることができる。他の人の視点や違った読み方を知ることで新たな問いが生まれ、更なる議論が展開される。他者との議論でより深い読みや視点を得ることにつながるだろう。一方で、自分一人では分わからなかったことが他の人の視点からすんなり解決されることもよくある。このことは内容が分からずに読むことを途中で諦める可能性を小さくすることにも寄与する。

つながりの強化・発展

友人たちと輪読をすることは特別な連帯感を生む。読書会の結社性とでも言うべきか、しばしば「他の人とは違った知的なことをしている」という気持ちが湧き起こる。これは読書を進めるモチベーションのみならず、メンバーと仲良くしようとするモチベーションを高める効果を持ちうる。実は日本における読書会の歴史は古く、「会読」という名で江戸時代から行われていたが、その自発的で平等な思想を持つつながりは藩の性格によっては危険視されたケースもあったという。読書会にはそういう不思議な力がある。読書会をしばらく続けていけば居酒屋に飲みに行くのとはまた違った側面で、各メンバーの性格や頭の良さが分かる。また、メンバーを公募すれば既存の友人だけでなく新たなつながりもできるだろう。

他者とのつながりを強化したり広げたりすることは、我々にとって思わぬ恩恵をもたらすことがある。大学1年生の頃、私は社会人と何度か読書会をしたことがあったのだが、いつも参加してくれた方がある時「人手が足りないから」という理由で外資系企業である自社のアルバイトを紹介してくれた。その後の経験は田舎から上京してきたばかりの私には大きな刺激になった。これは開かれた読書会で培われた社会ネットワークの恩恵だろう。1970年には既に社会学者グラノヴェッターが、個人のキャリア移動においては家族や同僚よりもあまり頻繁に会わない人達との「弱い紐帯」が重要な役割を果たすことを示していたのだが、私がそのことを知るのはもう少し後のことだった。

文献

セネカ 道徳書簡集―倫理の手紙集

セネカ 道徳書簡集―倫理の手紙集

江戸の読書会 (平凡社選書)

江戸の読書会 (平凡社選書)

転職―ネットワークとキャリアの研究 (MINERVA社会学叢書)

転職―ネットワークとキャリアの研究 (MINERVA社会学叢書)