仁義原理主義者としての孟子
孟子は戦国時代の儒家である。人間の本性としての性善説を唱え、諸侯に対しては仁義の徳による統治(=王道主義)を行うことを主張した。倫理や世界史の教科書でよく目にする孟子とその思想だが、荀子の性悪説と対比すると性善説を唱えた孟子はなんとなく穏やかな人物のように思えてしまう。
しかし実のところ孟子の思想は仁義を重視しすぎるきらいがある。例えば「仁義に篤い君主が東の国を攻めると西の国の民衆はなぜこちらを攻めないのかと怒るだろう(東面而征西夷怨)」という言葉は、「仁義のための戦争なら攻め込まれる側の民衆も喜ぶはずだ」という諸侯の侵略を正当化した言葉とも解釈できる。また、「たとえ民を殺したとしても、それが道に従った行為の結果ならば殺された民はきっと恨んだりはしないだろう(以生道殺民、雖死不怨殺者)」という主張にいたっては被害者感情を完全に無視しているようにも思える(笑)
また、孟子は仁義を欠き民意に背いた支配者は天意にも背いていると考え、他の実力者によって排除されるべきだと主張した(=易姓革命)。この点はロックのように市民革命を肯定した社会契約説と類似している。易姓革命の思想は漢代に董仲舒によって完成されるが、孟子は戦国時代に武力革命を肯定するとともにその正当化・理論化に成功したのである。
教科書の情報から抱いたイメージとは異なり、著作を読んでいるとどうも孟子は血気盛んな人物のように思えてくる。武力侵攻や革命を仁義によって正当化する孟子はまるで仁義原理主義者のようだ。こうした豪快な主張をする孟子が「暴力を振るって良い相手は悪魔共と異教徒だけです」と豪語する『ヘルシング』のアンデルセン神父に重なって見えるのは私だけだろうか。
文献
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孔子は自分の人生を10年区切りで振り返った
生涯
儒教の開祖である孔子は春秋戦国時代末期の魯国に生まれた。名は丘、字は仲尼である。父は魯の武将であったが孔子が3歳の頃に死んだため、しかも母が正妻ではなかったため、孔子は幼少期から貧しい生活を余儀なくされた。しかし苦難の中にあっても勉学の努力を続け、次第にその名が知られる存在となった。成長してからは役人となったが、その内容は倉庫や牧場の管理といった、決して大任とは言えない仕事であった。後年、彼は「若い頃は身分が低かった。生活のためにあらゆることを経験したため、いろいろとつまらないことができるようになったのだ」と述懐している(子罕第九)。
孔子が30歳半ばになった頃、ひとつの転機が訪れた。魯の君主である昭公が、当時実権を握っていた季孫氏・孟孫氏・叔孫氏から権力を取り戻そうとクーデターを起こしたのである。しかしこの企ては失敗に終わり、昭公は斉の国に亡命することとなった。そして孔子も昭公を追って斉に滞在することとなった。斉の都の臨淄は大都会であったことから、孔子はそこで学識を深め、さらに雅楽などの芸術的な刺激も受けたという。
孔子の斉での生活がどのようなものであったか定かではないが、後に魯の定公に召されて帰国している。魯での孔子は官吏の職に従事するかたわら、広く弟子を集めて精力的に教育に励んで学問集団を形成するまでに至ったため、その名声は更に高まった。定公に重用された孔子は50歳を過ぎた頃に魯の宰相代行として種々の改革を試みた。孔子の目的は季孫氏・孟孫氏・叔孫氏の御三家の勢力を弱めて君主権を回復することにあった。しかし改革は抵抗に遭い頓挫し、孔子は政治生命を絶たれた。
55, 6歳の頃、職を辞した彼は数人の弟子とともに諸国遊説の旅に出た。衛・曹・宋・鄭・陳・楚の諸侯を訪ね、徳によって国を治めるという理想を掲げて新天地で官職を得んとした。しかし、登用されても名誉職で実権が伴わないなど結果は芳しいものではなかった。マキャベリズムを地で行く春秋時代を生き抜く君主にとって、孔子が説く徳治主義による統治は理想主義的で非現実的に映ったのである。流浪の旅は14年に及んだが、結局、孔子は68歳のときに魯に帰国する。
帰郷後の孔子は弟子の教育に専念し、「弟子三千人、六芸に通ずる者七十二人」と称されるほどの一大学団を築いた。孔子は74歳で世を没した。孔子は言行録と教えは弟子たちの手によってまとめられ、『論語』が誕生した*1。
回顧
晩年の孔子は自分の人生を次のように振り返った。
【原文】 吾 十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。
【現代語訳】 私は十五歳になったとき、学事に心が向かうようになった。三十歳に至って独りで立つことができた。やがて四十のとき、自信が揺るがず、もう惑うことがなくなった。五十歳を迎えたとき、天が私に与えた使命を自覚し奮闘することとなった。〔その後、苦難の道を歩んだ経験からか、〕六十歳にもなると、他人のことばを聞くとその細かい気持ちまで分かるようになった。そして、七十のこの歳、自分のこころの求めるままに行動をしても、規定・規範からはずれるというようなことがなくなった。
30歳以降、10年ごとに自らの人間的成長が見られたと評価していることに注目したい。我々としては孔子の述懐から学んで、今から10年単位で自分の人生プランを設計するのも面白い。日本人の2014年時点での平均寿命は男性80.21歳、女性86.61歳であるから、80歳の頃に自分なりの人生の目標を達成するのが理想的なのだろう。
晩年の孔子が至った境地は「心の欲する所に従いて矩を踰えず」という最後の一節に現れている。ああしたいこうしたいという自分の欲求が自らの教えを含む道理・ルールから外れることなく自然と一致している状態こそ、孔子が人生の果てに到達した人格的完成であった。失脚と流浪を経験した彼は、政治的には不遇の人生を送ったとみるのが妥当である。しかし彼は長い苦境の中にあっても自分の心の強さとその成熟を信じて疑わなかった。
今週のお題「10年」
注
*1 孔子の来歴に関する伝統的な記述とイメージは『史記』の「孔子世家」に拠っているが、孔子の生きた時代と史記が成立した前漢の時代との間には400年近い隔絶がある。しかも前漢の初めに儒教が国教として採用されたため、史記が執筆された時点において既に孔子は絶大な権威づけがなされていた。また、当時の魯の記録にも孔子が宰相代行の任に就いていたという記述が見当たらないらしい。そのため、特に政治的な活躍に関する記述については相応の脚色がなされたと見るのが妥当のようである。
文献
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老人の役を演じるのは難しいらしい|世阿弥『風姿花伝』
先日、ある劇団で演出家として活躍されている方とお話しする機会があった。劇団の法人化に伴う煩雑さとか、テレビ業界でコネを作っておくべき人たちのこととか、役者と研究者の共通点とか、興味深い話が多かった。その中でふと世阿弥が「老人の役は難しい」と書き残していたのを思い出したので、本当にそうなのかと尋ねてみた。
【原文】老人の物まね、此道のあうぎなり、能のくらゐ、やがて、よそめにあらはるゝ事なれば、是第一の大事也。およそ、能をよき程きはめたるしても、老たるすがたはえぬ人おほし。(中略)稽古のこう入て、くらゐのぼらでは、にあふべからず。
【現代語訳】 老人の物真似を演ずるのは、この道の重大事である。演者の能において到り得ている位がよそ目にはっきりとみられることであるから、これこそ第一の大事なのだ。およそ能を相当程度に極めた役者でも、この老人の姿の不得意な人が多い。(中略)稽古の却を積んで芸格の高い人でないと、こんな役はふさわしくないのである。
『風姿花伝』(市村宏 訳)pp.50-51
『風姿花伝』は能楽の大成者世阿弥が父・観阿弥の教えを祖述した能楽書である。基本部分は1400年頃に成立したとされる。『風姿花伝』は7部から構成されているが、その内の「第二 物学(ものまね)条々」では能楽の基本である物まねについて、女・老人・直面・物狂・法師・修羅・神・鬼・唐事という9ジャンルに分けて演技術を説明している。上述の一節はここから引用した。
役者を志していない我々にとっては「第一 年来稽古条々」の方が示唆深いかもしれない。年来稽古条々では7歳から50余歳にかけての役者生涯を7つのステージに区分し、各段階において習得すべきスキルと修行のあり方を説いている。要はキャリアデザインの話である。この点については稿を改めて書きたい。
話を戻そう。その演出家の方は『風姿花伝』を読んだことはなかったそうだが、私の質問に対し、「確かに難しい」と答えた。というのも、まず、たいていの役者は老人を経験していない。そもそも老人になるまで役者を続けることができる人は少数であり、老人として老人を演じる機会に恵まれた役者はそれだけで立派だという。
それに、老人は(魔法使いや仙人といった特殊な人たちと違って)比較的身近な存在なので、ふつうの衣装や化粧だけでそれっぽくしようとしても違和感が生じてしまう。最悪コントになる。映画やドラマで目にするような特殊メイクの技術をもってすれば老人に「似せる」ことはできるのだろうけど、と。
役者として老人を「演じる」ことの難しさは、昔も今も変わらないらしい。
文献
- 作者: 市村宏
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論文執筆に必要なことは大抵この本の中にある|戸田山和久『新版 論文の教室』
2月の中旬といえば、ほとんどの大学4年生は卒論の提出や口頭試問が終わった頃だろう。一方、3年生はインターンシップを含めた就職活動にいそしんでる人も多いだろう。この背景には、経団連の倫理憲章の見直しに伴って就職面接の解禁が4月から8月に繰り下げられたことが影響している。企業側は特に1日限りの「ワンデーインターン」を企画することによって学生との接点を確保しようとしている。「学業への専念」を主な目的とした面接時期の繰り下げであったが、青田買いの様相は変わらない。むしろ、年末から8月までインターンシップの予定を埋める学生にとっては学業のために費やす余裕はないだろう。
こうした状況は特に卒業論文の執筆に少なからぬ影響を与えると予想される。なぜなら、今までの就活生は4月に企業から内々定を得ることを区切りとして卒論執筆に専念することが多かったからだ。(名目上)8月に内々定を得るスケジュールに変更されたことで、16卒以降の学生の多くは①8月以降に卒論執筆に専念するor②早い時期から就活と卒論の両立を図るという2つの選択肢の内いずれかを選ばざるを得なくなった。①②のいずれも大学生にとっては決して容易なことではない。従来よりも少ない時間的・体力的・精神的資源の中で卒論執筆に臨むことを求められる可能性があるからだ。
今年以降の卒業論文の執筆を課される大学生にとって重要なことは、論文執筆のコツをできるだけ早い段階で修得することだと思う。ここで言う「コツ」とは問題の定義やデータの取得を含む研究デザイン全体に関わるものだ。論文執筆のコツを知るためにおすすめしたいのが戸田山和久の『新版 論文の教室』である。本書で得られた論文執筆のコツを普段の講義の課題として出されるレポート執筆などに際し実践することで、卒論執筆を効率的に進めることができるだろう。
論文の基本構造と本書の長所
論文をはじめとする論理的な文章の基本構造というのは問い・結論・根拠の3つだ。この3つを明確に整理できていない、あるいは3つの作り方がわからない場合、どのように論文を書けばいいのかわからないという状況に陥ることになる。講義のレポート程度ならてきとーに書いても単位は来るが、この論理的な文章の3要素がわからないまま卒論に取り組むようになると、数か月間にわたって理想(自分が納得できる出来)と現実(内容がないような出来)の齟齬に苦しめられることになりかねない。大学生活の集大成として満足できる(十分に論理的な)卒論を書きたいのであれば『新版 論文の教室』を何度も読んで実践することをおすすめする。
『論文の教室』の良いところは、問いの立て方と論証の方法の説明が充実していることだ。結論のインパクトと妥当性はそれぞれ問いと論証の良し悪しに依存するため、この手の本は問いと論証に関する内容が充実していることが重要になる。問いの立て方については「ビリヤード法」という方法が参考になる(pp.126-135)。特に、漠然としたテーマに対してぶつける問いの14パターン(p.127)があれば「わからないことがわからない」などということも無くなるのではないだろうか。
妥当な論証の条件について(ダメな論証の例と併せて)説明されているのもポイントである。論証とは、結論に至るまでの根拠を論理的に組み立てることを指す。ほとんどの人は論証形式に関して演繹法と帰納法の2種類で十分だと考えていると思うが、本書では8つの論証形式が紹介されている上にそれぞれの妥当性についても説明が加えられている(まとめたものはp.176)。すべてを使いこなすのは難しいが、自分の主張を導く/支えるための方法として知っておいて損は無い。この辺りは科学哲学研究者である戸田山の面目躍如といった感じがする。
本書の限界
しかしもし本書についてぜいたくな注文をつけるのであれば、問いを絞り込む方法として「なぜこの問いが問われるべきなのか」という視点についても言及してほしかった。たとえ問いが絞り込めたとしても、その問いが大して重要でない場合というのはよくある。絞り込むと言ってもそれは最終的に洗練された問いに発展させなければならず、絞り込んだ結果些末な問題になっては意味がない。結論のインパクトを大きくしたいのであれば、最初に設定する問題の重要性も十分に考慮される必要がある。
この点は論文の先行研究レビューの役割と関連する。重要な問いというのは新たな発見をもたらす未解明点であり、アカデミズムにおいてこれは先行研究が検討しなかった点や先行研究が係争している点を指す(ただし前者については重要性の説明が別途必要な場合もある)。先行研究の整理や批判的検討、研究史の中での自分の研究の位置付ける方法を理解するには、本書にあるような「資料の探し方」を知るだけでは十分では無い。このあたりになると論文の書き方というより研究の方法論の領域になるかもしれないが、論文の出来を決める大事な要素のひとつではあるため、設定した問いの重要性を説明する方法についての説明があるとなお良かったと思う。
関連図書
類似の論文作法の本は既に多く出版されている。本書の中で紹介されているもの(pp.302-306)以外でおすすめを挙げるならば川崎剛『社会科学系のための「優秀論文」作成術』、心理学にテーマを絞ると松井豊『心理学論文の書き方』が良い。もっと研究の方法論的なものが知りたいという人はまず高根正昭『創造の方法学』を読み、スティーヴン・ヴァン・エヴェラ『政治学のリサーチ・メソッド』を参照すると良い。
とはいえ、論文作法の関連書籍の中ではやはり『新版 論文の教室』を一番におすすめしたい。本質的なことも技術的なことも、論文執筆に必要なことは大抵この本の中にある。
文献
新版 論文の教室―レポートから卒論まで (NHKブックス No.1194)
- 作者: 戸田山和久
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- 作者: 戸田山和久
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社会科学系のための「優秀論文」作成術―プロの学術論文から卒論まで
- 作者: 川崎剛
- 出版社/メーカー: 勁草書房
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改訂新版 心理学論文の書き方---卒業論文や修士論文を書くために
- 作者: 松井豊
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- 作者: 高根正昭
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- 作者: スティーヴン・ヴァンエヴェラ,野口和彦,渡辺紫乃
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元祖自己啓発本|ベンジャミン・フランクリン『自伝』
大学生の頃、お酒の席で後輩の女の子から「社長やコンサルタントが書いた自己啓発本やハウツー本が好きなのでおすすめを教えてください」と言われたことがあった。私は食い気味で『フランクリン自伝』を薦め、著者ベンジャミン・フランクリンの略歴と本書の面白さについて語ったのだが、彼女が私に向けたまなざしは完全に歴史オタクを見るそれだった。
しかし、これは今でも思うことだが、本書はけっして悪いチョイスではなかった。なぜなら『フランクリン自伝』は自己啓発本の原点だからだ。
ベンジャミン・フランクリンと自伝
ベンジャミン・フランクリンは18世紀のアメリカで活躍した出版業者、文筆家、科学者、発明家、外交官、政治家である。その業績は数知れず、新聞の発行、ペンシルバニア大学の創設、雷が電気であることの証明(そして避雷針の発明)、独立戦争のための外交、合衆国憲法制定のための調停など、幅広い分野でその名を残している。「代表的アメリカ人」とも呼ばれ、アメリカ建国の父祖の中でも最も国内外で有名な偉人のひとりである。
彼の著作は全集にすると40巻ほどになると言われるが、その中でも特に彼の処世訓や格言が記された『貧しいリチャードの暦』と『自伝』は有名である。2つの著作いずれにも通底しているのは独立・自由・勤勉・成功といった、ピューリタン的精神が脱宗教化した「資本主義の精神」であった。社会学者マックス・ウェーバーはフランクリンを「近代的人間」を原型的モデルとみなし、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を著したほどだった。そして一般市民からは彼自身のサクセス・ストーリーと栄達の秘訣(Tips)が綴られた本として広くそして長く愛読されるようになった。正に現代でも需要が絶えない自己啓発本の原点であると言える。
独自の自己管理法:フランクリンの十三徳
多才なフランクリンは自己流の方法でストイックに自らの理想像に近付こうとした。曰く、「道徳的完成に到達しようという不敵な、しかも困難な計画」を思い立った。彼は以下の13の徳目を打ち立て、これらを意識して自分の行動に反映させ修得しようとしたのである。
- 節制:飽くほど食うことなかれ。酔うまで飲むなかれ。
- 沈黙:自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
- 規律:物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
- 決断:なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
- 節約:自他に益なきことに金銭を費すなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
- 勤勉:時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
- 誠実:詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に後世に保つべし。口に出だすこともまた然るべし。
- 正義:他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
- 中庸:極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
- 清潔:身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
- 平静:小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
- 純潔:性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことにあるべからず。
- 謙譲:イエスおよびソクラテスに見習うべし。
そして彼は小さな手帳を作り、それに上述の十三徳の各項目と各曜日を表にして書き込んだ。そして、毎日十三徳それぞれに違える行動を取ったときは黒点を書き加えるというルールを定めた。そして、1週間につき1つの徳目の行の黒点が皆無になるよう意識して行動するように自らに課した。1週間では1つの徳目の修得に集中し、その徳目の行に記載されるについて黒点がゼロになったとき初めてその徳目が修得されたとみなし、次の徳目の修得へと移るようにした。
十三徳 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
節制 | |||||||
沈黙 | ● | ● | ● | ● | |||
規律 | ● | ● | ● | ● | ● | ●● | |
決断 | ● | ● | |||||
節約 | ● | ● | |||||
勤勉 | ● | ||||||
誠実 | |||||||
正義 | |||||||
中庸 | |||||||
清潔 | |||||||
平静 | |||||||
純潔 | |||||||
謙譲 |
オリジナルの「五徳」で試してみた
かつて私もベンジャミン・フランクリンのライフハックに刺激を受け、オリジナルの徳目を設けて自己管理を試みたことがあった。しかし彼のような大志や大望は持ち合わせていなかったため、ひとまずはダメ人間脱出を目的として以下の5項目を設定した。徳目というよりも卑近な行動目標という方が適切である。
- 早寝早起:25:00まで就寝し、9:00までに起床する。
- 三食:朝昼晩しっかり食べて2,000カロリー以上の食事をとる。
- 即返信:30分以内にメールを返す。
- 禁欲:文房具や本などの物欲を慎む。酒を飲みすぎない。
- 賞賛:ふだん口が悪いので意識して他人をほめる。
また、表として管理するときには、フランクリンのチェックの方法も直感的に理解しづらいので部分的に修正を加えた。すなわち、ひとつの徳目を達成できなかったときに黒点●を付けるのではなく、逆に達成できたら白丸○を付けるようにした。
五徳 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
早寝早起 | ○ | ○○ | ○ | ||||
三食 | ○ | ○ | |||||
即返信 | ○ | ○ | |||||
禁欲 | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
賞賛 | ○ | ○ | ○ |
勇んでチャレンジした五徳の修得だったけれども、結果的には5日も続かなかった。一番苦手な「早寝早起」を最初に持ってきたのが失敗の原因だったように思う。
文献
- 作者: フランクリン,松本慎一,西川正身
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- 作者: フランクリン,Benjamin Franklin,渡辺利雄
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元祖ロジシン本|デカルト『方法序説』
大抵の人がロジカル・シンキング(ロジシン)、あるいはクリティカル・シンキング(クリシン)の本と言われて思い浮かべるものは、おそらくビジネス書の類ではないだろうか。今はコンサルタントの肩書を持った著者の思考術の本がよく売れるらしい。中にはコンサルティング・ファームで新人研修の教科書として扱われた本もある。例えばバーバラ・ミントの『考える技術・書く技術』は良書だと思う。
しかし、歴史を紐解くと論理的/批判的な思考術を模索し続けてきたのは哲学であった。特にデカルトが思索の果てにたどり着いた、すべての事象を疑うという思考術は近代合理主義の出発点となった。そしてそれ故にデカルトの『方法序説』にはロジシン/クリシンの萌芽とも言えるエッセンスが詰まっている。
『方法序説』の「方法」とは何に対する「方法」かというと、ありとあらゆる<考える>ことのための「方法」である。もともとの『方法序説』は、デカルトの大著『理性を正しく導き、学問において真理を探究するための方法の話[序説]。加えて、その方法の試みである屈折光学、気象学、幾何学。』の序文を抜き出したものだ。『方法序説』は今では当たり前になった合理的に考える「方法」を最初に提示した著作と考えることができる。そのため、本書には論理的/批判的な思考術に必要な基本的なことが書かれているのである。
『方法序説』では「我思う、故に我あり」が有名だが、個人的には思考のための「四つの規則」の方がより現代でもすんなり理解しやすい思考術ではないかと思う。それは以下のようなものだ。
- 明証:明らかに真なるもの以外は受け入れず、判断の中に含めないこと。
- 分析:問題を適切に小部分に分割すること。
- 総合:順序立てて考えること。この際、最も単純なものから始め、最後に最も複雑なものに至ること。また、そのままでは順序がつかないものの間にさえも順序を想定して進めること。
- 枚挙:2と3に見落としがないよう完全な枚挙と見直しをすること。
上記の「四つの規則」を現代風に(≒横文字を多めに)言い換えると以下のようになるだろう。
- ファクトを重視し、先入観を排してゼロ・ベースで考えること。
- イシューを適切にブレイクダウンすること。
- 2でブレイクダウンしたイシュー群に対して構造的に解決に当たること。
- 2にモレもダブりも無いよう(MECEに)、3に論理の穴が無いようチェックすること。
いかにも今時のビジネス書っぽいじゃないか(笑)。しかしそれは現代の合理的な思考や問題解決に関する考え方が、デカルト以後に続いた科学的思考の延長線上にある証とも言える。
文献
- 作者: デカルト,Ren´e Descartes,谷川多佳子
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- 作者: デカルト,Ren´e Descartes,野田又夫,水野和久,井上庄七,神野慧一郎
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- 作者: バーバラミント,グロービスマネジメントインスティテュート,Barbara Minto,山崎康司
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文献リストを公開するのは勇気が要る
私は自分の本棚や論文の文献リストを他人に見られるのが恥ずかしい。なぜならそれらから自分の知的水準が透けて見えてしまう気がするからだ。学術論文での先行研究をレビューする際には複数の文献を比較しながら残された問題を発見する必要があるのだが、そこではアドラーが『本を読む本』の中で提唱したシントピカル読書*1が求められる。そのため、論文末尾の文献リストを読めば、あるテーマに関する著者の視点と議論がどの程度地に足がついているものなのか、そしてどの程度深みがあるものなのかということが推測できてしまう。
このことは本棚と蔵書が持ち主の知的宇宙の広さを表してしまうことと同様である。ピーター・ゲイは著書『ワイマール文化』の中で次のような逸話を書いている*2。1920年、ドイツの哲学者カッシーラーは、ワイマール文化を研究し膨大な資料を収集した美術史家ワールブルクの書庫を訪れた。そのとき彼は「哲学に関する書物と占星学と魔術と民俗学に関する書物の次に並べ」た特殊な配架法に新鮮な感動を覚えたという。
学術的な文脈を踏まえた正統的な文献リストを作るのは、百科事典や書誌の書誌、あるいは公開された博士論文や紀要論文を参照すればそう難しいことではない。しかしこのブログではせっかく誰かに読んでもらうのだから、異なる分野の著書同士をつなげて新たな視点を生むような、そんな文献リストを作りたい。
文献
- 作者: J・モーティマー・アドラー,V・チャールズ・ドーレン,外山滋比古,槇未知子
- 出版社/メーカー: 講談社
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- 作者: ピーター・ゲイ,到津十三男
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- 作者: 山口昌男
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*1:同一テーマで複数の文献を比較対照する読書法のこと。アドラーは四段階の読書術における最終段階としてシントピカル読書を位置付けた。すなわちアドラーは読書法の習熟について、①単語の意味や文法を理解して文章を把握する「基本読書」、②目次の確認や拾い読みによって本の全体像を短時間で把握する「点検読書」、③じっくりと精読し本の主題・論点や主張を深く理解する「分析読書」を踏まえて、最終的に④「シントピカル読書」が修得されるべきであると考えた。
*2:山口昌男も『本の神話学』の中で『ワイマール文化』から同じ逸話を引いているが、山口は『ワイマール文化』の日本語訳がひどい出来だと批判している。確かにひどい訳だった。