鶏のあばら骨

sed scientia est potentia

グループで読書をする「輪読」のメリット

最近、近所の図書館や大学でビブリオバトルが行われているらしい。ビブリオバトルはいわゆる読書会の一種で、メンバーがそれぞれ持参した本について発表・紹介するものだ。しかし、読書会の形式の中では比較的近年になって登場したものと言える。むしろ大学や研究会で行われる読書会は、多くのばあい輪読の形式を採用する。輪読とは、1冊の本の内容をメンバーで分担しながら要約や論点を発表し合い、議論しながら読み進める形式である。

私が経験した読書会もほとんどが輪読であった。学生時代にはゼミで輪読を行うことが多かった。グループワークでの研究や4年次の卒論では必ずしもその限りではなかったが、それ以外の時間では必ず課題図書の輪読を行っていた。1~2年生が自由に参加できる入門的なゼミにおいても、どこのゼミも必ずと言っていいほど輪読を行っていたと記憶している。また、私は自主ゼミと称して有志で集まって輪読を行うこともあった。時には学外の場で社会人と一緒に輪読形式の読書会を開催・運営することもあった。

しかし輪読は大学であまりにも当たり前に行われるので、在学中はそのありがたさはあまり意識されることがない。学生の中には「やらされている感」しか抱かず、その場しのぎで参加する人がいることもしばしばである(し、私もそういう時期があった)。しかし大学を卒業し輪読に容易に参加することができなくなって初めて、それが貴重な場であったことを思い知ることが多々あるようだ。

輪読にはどのようなメリットがあるのだろうか。大学生には恵まれた時間と環境を有意義に使ってもらうために、知的好奇心のあるビジネスパーソンには新たな学習の場を設けるモチベーションを持ってもらうために、輪読形式の読書会がもたらす効用を整理したい。結論から述べると、私が考える輪読のメリットは3つある。すなわちそれは、①読書の効率化・習慣化、②理解力の向上、③つながりの強化・発展である。

読書の効率化・習慣化

輪読は一人では到底読み切れないような内容や分量の本でも、メンバーの助けを借りて読むことができる。自分の担当以外の範囲は各メンバーが要約や論点を書いたレジュメを用意してくれるからだ。例えば200ページある本では4人集まれば、一人が重点的に読むのは50ページで済むことになる。かなり効率的だ。

また、グループで本を読むことは自分だけ読書をやめてしまうことを防ぐことにも役立つ。一度集団で何かを始めると自分だけ挫折するのはかなり気まずいものだ。そうした同調圧力めいたものも自分の読書習慣に取り入れることができる。分量にさえ気を付ければ同調圧力という毒だって読書を続ける動機づけを維持する薬になるのだ。

理解力の向上

自分が発表を担当する番になると、レジュメを他のメンバーに読まれると意識することでその分真剣に課題図書を読み込むことになるだろう。そして発表者は当日、他のメンバーに説明して質問に答える「先生」のような立場になる。古代ローマの思想家セネカ「人は教えるときに学ぶ(Homines dum docent discunt)」と述べたように、自分なりの整理で何かを説明することは本人の理解力を大いに助けるだろう。全員が教える立場になるルールを持つ輪読ならではメリットだろう。

また、発表の後に行われる他のメンバーの議論では、自分には思いつかなかった意見や論点を知ることができる。他の人の視点や違った読み方を知ることで新たな問いが生まれ、更なる議論が展開される。他者との議論でより深い読みや視点を得ることにつながるだろう。一方で、自分一人では分わからなかったことが他の人の視点からすんなり解決されることもよくある。このことは内容が分からずに読むことを途中で諦める可能性を小さくすることにも寄与する。

つながりの強化・発展

友人たちと輪読をすることは特別な連帯感を生む。読書会の結社性とでも言うべきか、しばしば「他の人とは違った知的なことをしている」という気持ちが湧き起こる。これは読書を進めるモチベーションのみならず、メンバーと仲良くしようとするモチベーションを高める効果を持ちうる。実は日本における読書会の歴史は古く、「会読」という名で江戸時代から行われていたが、その自発的で平等な思想を持つつながりは藩の性格によっては危険視されたケースもあったという。読書会にはそういう不思議な力がある。読書会をしばらく続けていけば居酒屋に飲みに行くのとはまた違った側面で、各メンバーの性格や頭の良さが分かる。また、メンバーを公募すれば既存の友人だけでなく新たなつながりもできるだろう。

他者とのつながりを強化したり広げたりすることは、我々にとって思わぬ恩恵をもたらすことがある。大学1年生の頃、私は社会人と何度か読書会をしたことがあったのだが、いつも参加してくれた方がある時「人手が足りないから」という理由で外資系企業である自社のアルバイトを紹介してくれた。その後の経験は田舎から上京してきたばかりの私には大きな刺激になった。これは開かれた読書会で培われた社会ネットワークの恩恵だろう。1970年には既に社会学者グラノヴェッターが、個人のキャリア移動においては家族や同僚よりもあまり頻繁に会わない人達との「弱い紐帯」が重要な役割を果たすことを示していたのだが、私がそのことを知るのはもう少し後のことだった。

文献

セネカ 道徳書簡集―倫理の手紙集

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江戸の読書会 (平凡社選書)

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転職―ネットワークとキャリアの研究 (MINERVA社会学叢書)

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