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鶏のあばら骨

sed scientia est potentia

本当はこわいニーベルンゲンの歌?

ヨーロッパ文化は古代ヘレニズムやキリスト教の影響を強く受けているとされる。しかし、それらに加えてゲルマン文化の影響を見逃すことはできない。ゲルマン文化の影響は例えば英語圏の曜日の名称に認めることができる。というのも、曜日名のいくつかはゲルマン神話の一種である北欧神話の神々の名に由来するのである。

曜日 ゲルマンの神々
火曜日(チューズデイ, Tuesday, Tiw's day) 軍神テュール Tyr
水曜日(ウェンズデイ, Wednesday, Woden's day) 主神オーディン Odin
木曜日(サーズデイ, Thursday, Thunder's day) 雷神トール Thor
金曜日(フライデイ, Friday, Frigg's day) 女神フリッグ Frigg

ニーベルンゲンの歌』はそうしたゲルマン文化の雰囲気を掴む助けになるだろう。『ニーベルンゲンの歌』は13世紀初頭に成立したとされるゲルマンの英雄叙事詩である。教科書的な説明では、『ニーベルンゲンの歌』は名誉や信仰、そして女性への敬いを重んじる騎士道精神が表現されているとされる。

しかし、実際の『ニーベルンゲンの歌』の物語は苛烈である。後編、本作のヒロインであるクリームヒルトは亡き夫ジークフリートのために執拗な復讐劇を繰り広げる。彼女はジークフリートと死別した後にフン族の王*1と再婚するが、それは夫の復讐のためであった。十数年後、彼女は仇敵の一族を招待した盛大な宴を催すが、そこで国家を巻き込んだ大量殺戮を繰り広げ復讐を成就させた。しかし彼女もまた最後には討ち取られることになる。このように『ニーベルンゲンの歌』はとにかく血なまぐさいのである。

クリームヒルトの復讐をめぐる凄惨なストーリーには、いわゆるキリスト教的慈愛の要素はほとんど見当たらない。「異教的」という指摘もあるほどである。ゲルマン系の民族が主導するヨーロッパにキリスト教が共通文化として根付いたのはフランク王国カロリング朝カール大帝の治世(8~9世紀)とされるが、『ニーベルンゲンの歌』はゲルマン人の闘争的な気風がキリスト教化によっても失われなかったことを示している。

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈前編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

ニーベルンゲンの歌〈後編〉 (岩波文庫)

*1:エッツェルという名前だが、東欧・中欧を支配し中世キリスト教圏から「神の災い」とまで恐れられたアッティラその人である。『ニーベルンゲンの歌』では寛大で聡明な王として描かれているのが興味深い。