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鶏のあばら骨

sed scientia est potentia

孔子は自分の人生を10年区切りで振り返った

生涯

儒教の開祖である孔子春秋戦国時代末期の魯国に生まれた。名は丘、字は仲尼である。父は魯の武将であったが孔子が3歳の頃に死んだため、しかも母が正妻ではなかったため、孔子は幼少期から貧しい生活を余儀なくされた。しかし苦難の中にあっても勉学の努力を続け、次第にその名が知られる存在となった。成長してからは役人となったが、その内容は倉庫や牧場の管理といった、決して大任とは言えない仕事であった。後年、彼は「若い頃は身分が低かった。生活のためにあらゆることを経験したため、いろいろとつまらないことができるようになったのだ」と述懐している(子罕第九)。

孔子が30歳半ばになった頃、ひとつの転機が訪れた。魯の君主である昭公が、当時実権を握っていた季孫氏・孟孫氏・叔孫氏から権力を取り戻そうとクーデターを起こしたのである。しかしこの企ては失敗に終わり、昭公は斉の国に亡命することとなった。そして孔子も昭公を追って斉に滞在することとなった。斉の都の臨淄は大都会であったことから、孔子はそこで学識を深め、さらに雅楽などの芸術的な刺激も受けたという。

孔子の斉での生活がどのようなものであったか定かではないが、後に魯の定公に召されて帰国している。魯での孔子官吏の職に従事するかたわら、広く弟子を集めて精力的に教育に励んで学問集団を形成するまでに至ったため、その名声は更に高まった。定公に重用された孔子は50歳を過ぎた頃に魯の宰相代行として種々の改革を試みた。孔子の目的は季孫氏・孟孫氏・叔孫氏の御三家の勢力を弱めて君主権を回復することにあった。しかし改革は抵抗に遭い頓挫し、孔子は政治生命を絶たれた。

55, 6歳の頃、職を辞した彼は数人の弟子とともに諸国遊説の旅に出た。衛・曹・宋・鄭・陳・楚の諸侯を訪ね、徳によって国を治めるという理想を掲げて新天地で官職を得んとした。しかし、登用されても名誉職で実権が伴わないなど結果は芳しいものではなかった。マキャベリズムを地で行く春秋時代を生き抜く君主にとって、孔子が説く徳治主義による統治は理想主義的で非現実的に映ったのである。流浪の旅は14年に及んだが、結局、孔子は68歳のときに魯に帰国する。

帰郷後の孔子は弟子の教育に専念し、「弟子三千人、六芸に通ずる者七十二人」と称されるほどの一大学団を築いた。孔子は74歳で世を没した。孔子は言行録と教えは弟子たちの手によってまとめられ、『論語』が誕生した*1。

回顧

晩年の孔子は自分の人生を次のように振り返った。

【原文】 吾 十五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず。

【現代語訳】 私は十五歳になったとき、学事に心が向かうようになった。三十歳に至って独りで立つことができた。やがて四十のとき、自信が揺るがず、もう惑うことがなくなった。五十歳を迎えたとき、天が私に与えた使命を自覚し奮闘することとなった。〔その後、苦難の道を歩んだ経験からか、〕六十歳にもなると、他人のことばを聞くとその細かい気持ちまで分かるようになった。そして、七十のこの歳、自分のこころの求めるままに行動をしても、規定・規範からはずれるというようなことがなくなった。

論語』(加地伸行 訳) pp.36-37

30歳以降、10年ごとに自らの人間的成長が見られたと評価していることに注目したい。我々としては孔子の述懐から学んで、今から10年単位で自分の人生プランを設計するのも面白い。日本人の2014年時点での平均寿命は男性80.21歳、女性86.61歳であるから、80歳の頃に自分なりの人生の目標を達成するのが理想的なのだろう。

晩年の孔子が至った境地は「心の欲する所に従いて矩を踰えず」という最後の一節に現れている。ああしたいこうしたいという自分の欲求が自らの教えを含む道理・ルールから外れることなく自然と一致している状態こそ、孔子が人生の果てに到達した人格的完成であった。失脚と流浪を経験した彼は、政治的には不遇の人生を送ったとみるのが妥当である。しかし彼は長い苦境の中にあっても自分の心の強さとその成熟を信じて疑わなかった。

今週のお題「10年」

*1 孔子の来歴に関する伝統的な記述とイメージは『史記』の「孔子世家」に拠っているが、孔子の生きた時代と史記が成立した前漢の時代との間には400年近い隔絶がある。しかも前漢の初めに儒教が国教として採用されたため、史記が執筆された時点において既に孔子は絶大な権威づけがなされていた。また、当時の魯の記録にも孔子が宰相代行の任に就いていたという記述が見当たらないらしい。そのため、特に政治的な活躍に関する記述については相応の脚色がなされたと見るのが妥当のようである。

文献

論語 (講談社学術文庫)

論語 (講談社学術文庫)

孔子 (岩波新書 青版 65)

孔子 (岩波新書 青版 65)

史記世家 中 (岩波文庫 青 214-7)

史記世家 中 (岩波文庫 青 214-7)