元祖自己啓発本|ベンジャミン・フランクリン『自伝』
大学生の頃、お酒の席で後輩の女の子から「社長やコンサルタントが書いた自己啓発本やハウツー本が好きなのでおすすめを教えてください」と言われたことがあった。私は食い気味で『フランクリン自伝』を薦め、著者ベンジャミン・フランクリンの略歴と本書の面白さについて語ったのだが、彼女が私に向けたまなざしは完全に歴史オタクを見るそれだった。
しかし、これは今でも思うことだが、本書はけっして悪いチョイスではなかった。なぜなら『フランクリン自伝』は自己啓発本の原点だからだ。
ベンジャミン・フランクリンと自伝
ベンジャミン・フランクリンは18世紀のアメリカで活躍した出版業者、文筆家、科学者、発明家、外交官、政治家である。その業績は数知れず、新聞の発行、ペンシルバニア大学の創設、雷が電気であることの証明(そして避雷針の発明)、独立戦争のための外交、合衆国憲法制定のための調停など、幅広い分野でその名を残している。「代表的アメリカ人」とも呼ばれ、アメリカ建国の父祖の中でも最も国内外で有名な偉人のひとりである。
彼の著作は全集にすると40巻ほどになると言われるが、その中でも特に彼の処世訓や格言が記された『貧しいリチャードの暦』と『自伝』は有名である。2つの著作いずれにも通底しているのは独立・自由・勤勉・成功といった、ピューリタン的精神が脱宗教化した「資本主義の精神」であった。社会学者マックス・ウェーバーはフランクリンを「近代的人間」を原型的モデルとみなし、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を著したほどだった。そして一般市民からは彼自身のサクセス・ストーリーと栄達の秘訣(Tips)が綴られた本として広くそして長く愛読されるようになった。正に現代でも需要が絶えない自己啓発本の原点であると言える。
独自の自己管理法:フランクリンの十三徳
多才なフランクリンは自己流の方法でストイックに自らの理想像に近付こうとした。曰く、「道徳的完成に到達しようという不敵な、しかも困難な計画」を思い立った。彼は以下の13の徳目を打ち立て、これらを意識して自分の行動に反映させ修得しようとしたのである。
- 節制:飽くほど食うことなかれ。酔うまで飲むなかれ。
- 沈黙:自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
- 規律:物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
- 決断:なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
- 節約:自他に益なきことに金銭を費すなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
- 勤勉:時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。
- 誠実:詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に後世に保つべし。口に出だすこともまた然るべし。
- 正義:他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
- 中庸:極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。
- 清潔:身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。
- 平静:小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
- 純潔:性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これに耽りて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことにあるべからず。
- 謙譲:イエスおよびソクラテスに見習うべし。
そして彼は小さな手帳を作り、それに上述の十三徳の各項目と各曜日を表にして書き込んだ。そして、毎日十三徳それぞれに違える行動を取ったときは黒点を書き加えるというルールを定めた。そして、1週間につき1つの徳目の行の黒点が皆無になるよう意識して行動するように自らに課した。1週間では1つの徳目の修得に集中し、その徳目の行に記載されるについて黒点がゼロになったとき初めてその徳目が修得されたとみなし、次の徳目の修得へと移るようにした。
十三徳 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
節制 | |||||||
沈黙 | ● | ● | ● | ● | |||
規律 | ● | ● | ● | ● | ● | ●● | |
決断 | ● | ● | |||||
節約 | ● | ● | |||||
勤勉 | ● | ||||||
誠実 | |||||||
正義 | |||||||
中庸 | |||||||
清潔 | |||||||
平静 | |||||||
純潔 | |||||||
謙譲 |
オリジナルの「五徳」で試してみた
かつて私もベンジャミン・フランクリンのライフハックに刺激を受け、オリジナルの徳目を設けて自己管理を試みたことがあった。しかし彼のような大志や大望は持ち合わせていなかったため、ひとまずはダメ人間脱出を目的として以下の5項目を設定した。徳目というよりも卑近な行動目標という方が適切である。
- 早寝早起:25:00まで就寝し、9:00までに起床する。
- 三食:朝昼晩しっかり食べて2,000カロリー以上の食事をとる。
- 即返信:30分以内にメールを返す。
- 禁欲:文房具や本などの物欲を慎む。酒を飲みすぎない。
- 賞賛:ふだん口が悪いので意識して他人をほめる。
また、表として管理するときには、フランクリンのチェックの方法も直感的に理解しづらいので部分的に修正を加えた。すなわち、ひとつの徳目を達成できなかったときに黒点●を付けるのではなく、逆に達成できたら白丸○を付けるようにした。
五徳 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
早寝早起 | ○ | ○○ | ○ | ||||
三食 | ○ | ○ | |||||
即返信 | ○ | ○ | |||||
禁欲 | ○ | ○ | ○ | ○ | |||
賞賛 | ○ | ○ | ○ |
勇んでチャレンジした五徳の修得だったけれども、結果的には5日も続かなかった。一番苦手な「早寝早起」を最初に持ってきたのが失敗の原因だったように思う。
文献
- 作者: フランクリン,松本慎一,西川正身
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- 作者: フランクリン,Benjamin Franklin,渡辺利雄
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- 発売日: 2004/12
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- 作者: マックスヴェーバー,大塚久雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1989/01/17
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